
相続放棄に関するQ&A

相続放棄に関するQ&A
遺言執行者は、遺産をもらえない相続人にも財産目録を渡す義務がある?
Question
父が亡くなり、「全財産を兄に相続させる」という内容の遺言書が見つかりました。
そこで、私は、遺言書で遺言執行者に指定されている兄に、相続財産の詳細がわかる「財産目録」を見せてほしいと頼みました。
しかし兄は、「遺産は全部自分のものだから」と言って、財産目録を作ろうともしません。遺言執行者である兄に、財産目録の作成と交付を要求することはできないのでしょうか?

Answer
遺言の内容によって遺産をもらえないことになった相続人が遺言執行者に対して財産目録の交付を求めることができるかについて、裁判例の判断は分かれている状況です。
もっとも、相続人の立場では、遺言執行者に対し、財産目録の不交付が不法行為にあたることを指摘して財産目録の交付を求めた上、それでも財産目録が交付されないときは遺言執行者の解任請求や遺言執行者に対し損害賠償請求を行うことを検討すべきです。
1 遺言執行者による財産目録の作成、交付義務
遺言執行者は、相続財産の目録を作成し、これを相続人に交付する義務を負っています(民法1011条1項)。
これは、遺言執行者の管理処分権の対象や責任範囲(民法1012条3項、644条~647条)を明確にするために定められた義務です(広島高裁松江市部平成3年4月9日決定参照)。
遺言の内容が相続財産全体に係る場合には財産目録は遺産全てについての目録である必要がある一方、遺言の内容が特定財産のみに係る場合には当該特定財産についての目録を作成すれば足ります(民法1014条1項、1011条1項)。
財産目録を作成するために費用は、相続財産の負担となります(民法1021条)。
広島高裁松江市部平成3年4月9日決定参照
「思うに、遺言執行者の相続財産目録調整義務は、相続財産の実態を明らかにして遺言執行者の管理処分権の及ぶ財産の範囲を明確にし、遺言執行者の相続財産引渡義務、報告義務等を底礎する重要な職務である」
民法1011条(相続財産の目録の作成)
1 遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない。
2 遺言執行者は、相続人の請求があるときは、その立会いをもって相続財産の目録を作成し、又は公証人にこれを作成させなければならない。
民法第1012条(遺言執行者の権利義務)
1 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
2 遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。
3 第六百四十四条、第六百四十五条から第六百四十七条まで及び第六百五十条の規定は、遺言執行者について準用する。
民法第644条(受任者の注意義務)
1 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
民法第645条(受任者による報告)
受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。
民法第646条(受任者による受取物の引渡し等)
1 受任者は、委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければならない。その収取した果実についても、同様とする。
2 受任者は、委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。
民法第647条(受任者の金銭の消費についての責任)
受任者は、委任者に引き渡すべき金額又はその利益のために用いるべき金額を自己のために消費したときは、その消費した日以後の利息を支払わなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。
民法第1014条(特定財産に関する遺言の執行)
1 前三条の規定は、遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、その財産についてのみ適用する。
民法第1021条(遺言の執行に関する費用の負担)
遺言の執行に関する費用は、相続財産の負担とする。ただし、これによって遺留分を減ずることができない。
2 遺産をもらえない相続人も財産目録の交付を請求できる?
遺言執行者による財産目録の作成及び交付は、遺言の執行を通じて相続財産を取得する者の利益になる行為です。 そのため、特定の相続人や第三者に全ての遺産を相続させるという遺言がある場合に、遺産を受け取れない他の相続人が財産目録の交付を請求できるかという点は、法的な争点となります。
2.1 交付義務を否定した裁判例
①の裁判例では、遺言執行者に就職したか否か自体に疑義があるものの仮に就職していたとしても、遺言執行者の相続人に対する財産目録の作成、交付義務やる遺言執行の状況を報告する義務はあくまで遺言執行に資するためのものであるとした上、遺産を相続できない相続人のために財産目録を作成したり、遺言執行の状況を報告させても遺言執行に資さないとして、このような相続人に対し、遺言執行者は財産目録の作成義務等を負わないと判断しています。
【事案及び判決の要旨】
遺言者が、「遺言者の財産を、長男A及び長男の妻B(遺言者の養子)に各2分の1ずつ相続させる。」、「遺言執行者としてAを指定する。」との内容の遺言書を作成していた事案において、遺言者の二女がAに対し財産目録の開示を求めた点につき、「遺言執行者とは、遺言が効力を生じた後にその内容を実現するのに必要な事務を執行すべき者であるが、本件遺言の内容は、もともといわゆる「相続させる」旨の遺言であって、不動産の移転登記については相続人が単独で申請できるものであり、特に遺言執行者の就職を待つまでもなく、これを行うことができるものであったところ、本件土地については、すでにA及びBに対して相続を原因とする移転登記(持分各16594/33388)が経由され、本件建物については、遺言者が生前中にすでにA及びBに対して贈与を原因とする移転登記が経由されているものである。また、本件土地、建物はもともと遺言者と遺言執行者とが同居していた自宅であって、その各引渡も当然に終了しているものと認められる。したがって、本件遺言の執行は、不動産以外のその余の財産の引渡を含めてすべて終了しているものと認められる。申立人は、相続人として、遺留分減殺の請求をするために相続財産の目録の交付を受け、さらに相続財産の管理の状況を知る必要がある旨主張する。なるほど、民法1011条1項は遺言執行者が相続財産の目録を調製して、これを相続人に交付しなければならない旨規定し、同法1012条2項は、遺言執行者に同法645条(受任者の報告義務)を準用している。しかし、これらの規定はもともとすべて遺言の内容の実現を資するためのものであると認められるところ、本件の場合、本件遺言の内容から明らかなように、申立人のために本件遺言の執行をなすべきものは何もなく、本件遺言の執行自体はAの遺言執行者への就職を待つまでもなく実現可能なものばかりであったといえるものである。したがって、そもそも同人が遺言執行者に就職を承諾したことすら明確ではない。仮にAが遺言執行者に就職していたとしても、本件の場合、相続財産の目録を調製したり、管理状況を報告させても、遺言の内容の実現には何の意味もなさないものである。遺留分権利者である相続人が遺留分減殺をするために相続財産の全容を知る必要のあることは理解できるが、それは困難な作業であるにしても、遺留分減殺請求権を行使する相続人自身が調査して、立証すべきものである。本件遺言の趣旨と逆の立場にある申立人が、遺言の執行と関係のないことを遺言執行者に求め、これをしないからといって任務違背とすることはできないものである。」として、遺言執行者には任務違背がないと判示。
②の裁判例では、遺言執行者に就職したか否か自体に疑義があるが仮に就職していたとしても、遺言執行者が財産目録を作成、交付する義務は遺言内容の実現に資するためのものであるところ、遺産を取得できない相続人に対し財産目録を交付しても遺言内容の実現には資さないとして、遺産を取得できない相続人に対する財産目録の交付義務はないとの判断を示しています。
【事案及び判決の要旨】
遺言者が、「自身のヘルパーをしていたY1及びY1の夫であるY2に対し、遺言者の全財産を均等割合で遺贈する。」、「Y1を遺言執行者に指定する。」との遺言書を作成していた事案において、遺言者の養子である原告が財産目録の交付等を求めた点につき、「前記認定のとおり,本件遺言において被告Y1が遺言執行者として指定されているけれども,被告Y1が遺言執行者への就職を承諾したこと又は相続人である原告からの就職の催告に対して確答しなかったことを認めるに足りる証拠はない。仮に,被告Y1が遺言執行者に就職していたとしても,民法1011条1項の規定は遺言内容の実現に資するためのものであるところ,本件においては,原告のために本件遺言の執行をすべきものはなく,相続財産目録を作成して原告に交付しても本件遺言の内容の実現にとっては何の意味も有しない以上,遺言執行者である被告Y1において原告に対する関係で相続財産目録を作成して交付すべき義務があるとは解されない。したがって,原告の被告Y1に対する相続財産目録交付請求は理由がない。」と判示。
2.2 交付義務を肯定した裁判例
③の裁判例では、遺言執行者は、遺産を相続できず、かつ遺留分を持たない相続人に対しても財産目録の作成、交付義務や遺言執行の状況について報告する義務があるとした上、当該義務違反が相続人に対する不法行為に当たるとして相続人1人につき慰謝料10万円を認めています。
【事案及び判決の要旨】
遺言者が、「Y1及びY2を遺言執行者に指定した上、一切の財産を換価させ、換価費用等を控除した残余財産すべてを、遺言者の宗教法人2社に対し各2分の1の割合で遺贈する。」との遺言書を作成していた事案について、遺言者の甥又は姪である原告らが財産目録の開示等を求めた点につき、「現行民法によれば,遺言執行者は,遺言者の相続人の代理人とされており(民法1015条),遅滞なく相続財産の目録を作成して相続人に交付しなければならないとされている(民法1011条1項)ほか,善管注意義務に基づき遺言執行の状況及び結果について報告しなければならないとされている(民法1012条2項,同法645条)のであって,このことは,相続人が遺留分を有するか否かによって特に区別が設けられているわけではないから,遺言執行者の相続人に対するこれらの義務は,相続人が遺留分を有する者であるか否か,遺贈が個別の財産を贈与するものであるか,全財産を包括的に遺贈するものであるか否かにかかわらず,等しく適用されるものと解するのが相当である。しかも,相続財産全部の包括遺贈が真実であれば,遺留分が認められていない法定相続人は相続に関するすべての権利を喪失するのであるから,そのような包括遺贈の成否等について直接確認する法的利益があるというべきである。したがって,遺言執行者は,遺留分が認められていない相続人に対しても,遅滞なく被相続人に関する相続財産の目録を作成してこれを交付するとともに,遺言執行者としての善管注意義務に基づき,遺言執行の状況について適宜説明や報告をすべき義務を負うというべきである。
もっとも,遺言執行者から,遺贈をした遺言者の遺志が適正に行われることにつき重大な関心を有する相続人に対して,遺言執行に関する情報が適切に開示されることは,遺言執行者の恣意的判断を排除して遺言執行の適正を確保する上で有益なものということができる反面,遺留分を有しない相続人による遺言執行行為への過度の介入を招き,かえって適正な遺言の執行を妨げる結果になることも懸念されるところであるから,個々の遺言執行行為に先立って常に相続人に対して説明しなければならないとすることは相当ではない。遺言執行者から相続人に対してなされるべき説明や報告の内容や時期は,適正かつ迅速な遺言執行を実現するために必要であるか否か,その遺言執行行為によって相続人に何らかの不利益が生じる可能性があるか否かなど諸般の事情を総合的に勘案して,個別具体的に判断されるべきものである。
そこで,これを本件についてみてみると,被告らがいつ遺言執行者やその補助者に就任したかについては明確な主張もないので,その時期を確定することは困難であるが,乙1号証(故Bの財産目録)によれば,同目録は平成17年5月13日現在判明分と記載されているから,遅くともそれまでには被告らが遺言執行者やその補助者に就任し,故Bの財産目録の作成に取りかかっていたものと推認することができる。そして,この相続財産目録(乙1号証)が初めて原告訴訟代理人に交付されたのは,本件訴訟が提起され第1回口頭弁論期日(平成18年12月11日)を迎える1週間前の同月4日であることは当裁判所に顕著な事実である。そうすると,被告らが相続人である原告らに対して相続財産目録を交付したのは,同目録を作成してから約1年半以上経ってからということになるが,これでは,遅滞なく交付したことにはならないというべきである。しかも,被告三菱UFJ信託を含む被告らの代理人名義で原告らに対して初めて連絡文書が送付されてきたのは平成18年5月3日のことであるが,同文書には,被告Y1及び被告Y2がその遺言執行者,被告三菱UFJ信託がその補助として本件不動産を売却して不動産登記手続を経たこと等が記載されていたものの,相続財産の内容や受遺者は誰かなど本件遺言の主要な内容などはほとんど記載されておらず,同年5月17日に原告らの代理人である●●弁護士が被告らの代理人であるE弁護士と会った際も,E弁護士からこれらの点について特に説明はなかったのであるから,上記判断を覆す事情となるものではない。」として遺言執行者が上、調査費用や弁護士費用として合計45万円、慰謝料として原告1人あたり10万円を損害として判示。
④の裁判例は、遺言執行者は、遺産を相続できない相続人に対しても財産目録の交付義務があることを前提に、当該義務違反が不法行為に当たるとして慰謝料30万円を認めています。
【事案及び判決の要旨】
遺言者が、「遺言者の全ての財産を二男Bに相続させる。」との遺言書を作成しており、遺言者の相続発生後に司法書士が遺言執行者に選任された事案において、遺言者の長男である原告が財産目録等の開示を求めた点につき、「被告が平成15年9月1日に遺言者の遺言執行者に選任されたこと,その後平成20年8月ころまで,遺言者の相続財産目録を作成せず,同月に至って初めて本件遺産目録を作成したことは当事者間に争いがない。被告が平成15年9月1日に遺言者の遺言執行者に選任されながら,平成20年8月ころまで相続財産目録を作成しなかったのは,遅滞なく相続財産の目録を調製して相続人に交付すべき遺言執行者としての任務(民法1011条1項)を懈怠したものであり,遅くとも,被告が遺言執行者に選任された平成15年9月1日から3年を経過した平成18年9月1日の時点においては,遺言者の財産目録を作成していないこと自体について不法行為が成立しているというべきである。」として、原告が受けた精神的損害を30万円と認定した上、その他に故意に不正確な内容の財産目録を作成した点について、120万円の精神的損害が生じた旨を判示。
⑤の裁判例は、遺言執行者は、遺産を相続できず、かつ遺留分を持たない相続人に対しても財産目録の交付義務や遺言執行の状況及び結果につき報告する義務があるとした上、当該義務違反が相続人に対する債務不履行に当たるとして相続人1人につき慰謝料10万円を認めています。
ただし、遺言が執行の余地がないものである場合には、遺言執行者が遺言執行の義務を負わず、相続人に対する財産目録の作成、交付義務や遺言執行の状況及び結果に関する報告義務を負わないと解する余地があるとしています。
【事案及び判決の要旨】
遺言者が、「遺言者の全ての財産を甥又は姪であるY1へ相続させる。」、「Y2を遺言執行者に指定する。」との遺言書を作成していた事案において、同じく甥姪である原告らが財産資料の開示等を求めた点につき、「ア 遺言執行者は,遺言者の相続人の代理人とみなされ(民法1015条),遅滞なく相続財産の目録を作成して相続人に交付しなければならない義務を負う(民法1011条1項)ほか,善管注意義務に基づき,相続人に対して遺言執行の状況及び結果について報告しなければならないとされており(民法1012条2項,645条),このことは,民法の規定上,相続人が遺留分を有するか否かによって区別が設けられていない。また,遺留分を持たない法定相続人であっても,遺言の内容によって相続に関するすべての権利を喪失するおそれがあり,遺言の内容や執行状況について直接確認する法的利益を有するというべきであるから,遺言執行者の相続人に対する前記義務は,相続人が遺留分を有する者であるか否か,遺言によって被相続人の財産を取得するか否かにかかわらず,等しく適用されると解するのが相当である。
イ ただし,ある遺言において遺言執行者と指定された者が遺言執行者に就任したとしても,その遺言が執行の余地のないものである場合には,遺言執行者としてすべき職務はないから,遺言執行の義務を負わず,相続人に対する前記義務も負わないと解する余地もある。そこで,この点について検討すると,本件遺言は,本件土地,預貯金債権及びAのすべての財産を被告Y1に「相続させる」との遺言であるから,本件遺言によって,被告Y1は,Aの死亡と同時に遺産分割手続を経ることなくAの財産の所有権を取得することになる。しかし,本件遺言がこのような即時の権利移転の効力を有するからといって,本件遺言の内容を具体的に実現するための執行行為が当然に不要になるわけではない(最高裁平成11年12月16日第一小法廷判決・民集53巻9号1989頁参照)から,本件遺言が「相続させる」内容の遺言であることから直ちに遺言執行の余地がないとする被告Y2の主張は,採用できない。すなわち,本件遺言における遺言執行者の職務権限について個々に検討すると,被告Y1が,A名義から被告Y1名義への所有権移転登記手続をした本件土地(前提事実(7))については,遺言執行者であった被告Y2の職務は顕在化しなかった(最高裁平成11年12月16日第一小法廷判決・民集53巻9号1989頁参照)。他方,預貯金債権や,受益相続人である被告Y1が占有していなかった現金や動産に関しては,本件遺言によって当然に被告Y1の管理下に移ることにはならないから,特段の事情がない限り,遺言執行者には,遺言執行の内容として,預貯金を引き出して被告Y1に引き渡したり,預貯金の名義を被告Y1名義に変更するなどし,被告Y1が占有していなかった現金や動産に関しては,これを被告Y1の占有に移す権限を有すると解すべきである。このことは,被告Y1が,D司法書士とともにAの成年後見人になっていたとしても,D司法書士が管理していたAの財産については,変わりはない。そして,現に,遺言執行者であった被告Y2は,D司法書士からAの遺産を受け取り,被告Y1に引き渡すとともに,Aの通常貯金の解約手続を自ら行い,引き出した金員を被告Y1に引き渡している。
ウ したがって,本件遺言の遺言執行者に就任した被告Y2は,本件遺言について,一定の執行の権限を有するに至り,実際にその権限を行使して遺言執行の職務を行ったのであるから,遺留分が認められていない法定相続人である甲事件原告らに対しても,その求めに応じ,遅滞なく被相続人に関する相続財産の目録を作成してこれを交付するとともに,遺言執行者としての善管注意義務に基づき,遺言執行の終了後,遅滞なく遺言執行の経過及び結果を報告する義務を負ったと解するのが相当である。」とした上、遺言執行者に財産目録開示義務、遺言執行の状況及び結果を報告する義務の違反があったとして、遺言執行者に、原告ら3名に対する慰謝料の支払義務(1人あたり10万円)を認めています。
⑥の裁判例は、遺言執行者は、真正な相続人である限り遺産を相続できない相続人に対しても、遺言執行状況の開示や財産目録の作成、交付義務を負っているとして、財産目録の交付請求への不回答が不法行為に当たるとして慰謝料15万円を認めています。
【事案及び判決の要旨】
遺言者が、「遺言者の遺産を原告以外の4名に遺贈する。」、「司法書士である被告を遺言執行者に指定する。」との遺言書を作成していた事案において、遺言者の子である原告が財産目録の開示等を求めた点につき、「(3)そこで,被告が司法書士事務所として報告拒否をしたことが原告に対する不法行為を構成するか否かを検討する。被告は,本件23条照会に対し,原告が相続人か否か確証が得られないため,各受遺者から承諾のない限りは報告できないとして報告を拒否または留保したことに正当事由があると主張する。確かに,被告には,司法書士としての守秘義務があるから,職務上知り得たあらゆる事実を常に弁護士法23条の2の照会に応じ開示することまで要求されるものではない。しかし,本件では,被告は,遺言執行者に指定され,相続人に対しては遺言執行の内容について報告する義務を負っている(民法1012条2項,645条,1015条)のであるから,原告が真正な相続人である限り,被告には,そもそも,遺言執行者として,原告に対し遺言執行状況について報告する義務があり,これを前提にすれば,もはや,原告との関係では,受遺者や被相続人への守秘義務を理由に遺言執行状況の開示を拒むことはできない立場にあるといえる。したがって,受遺者の同意がないことを理由とした被告の報告拒否には正当理由はない。」、「被告は,前記第2の2(7)記載のとおり,本件財産目録交付請求に対する回答を行っていないところ,被告は,遺言執行者であるから,民法1011条により,戸籍の記載から相続人と事実上推認される原告に対し,相続財産目録の調製,交付義務を負い,これを拒否するべき正当事由がないことは,上記3(3)(4)の説示と同様である。かかる被告の不回答により,原告は戸籍上母親とされている人物の相続財産の内容について知ることができず,遺留分減殺請求手続を円滑に行うことができなかったのであるから,これは原告に対する不法行為を構成すると認められる。」とした上、慰謝料を15万円としました。
2.3 裁判例の検討
上記①~⑥の裁判例のうち、①及び②は交付義務を否定していますが、③~⑥の比較的近年の裁判例では交付義務を肯定する傾向にあります(なお、①及び②の裁判例では、そもそも遺言執行者に就職した事実自体に疑義がある事案です。)。
もっとも、遺言執行者としては、義務違反を理由に損害賠償を請求されるリスクがある以上、就任後速やかに財産目録を作成し、相続人全員に交付すべきといえます。
また、相続人としても、③~⑥の裁判例を根拠に、財産目録の不交付が不法行為にあたり得るとして、その作成や交付を求めていくべきです。
結論として、裁判例の判断は分かれているものの、相続人と遺言執行者のいずれの立場においても、財産目録の作成・交付義務があることを前提として対応するのが合理的と言えるでしょう。
3 遺言執行者が財産目録を作成しない場合どうしたらよい?
では、遺言執行者が財産目録を作成しない、あるいは作成しても交付しない場合にはどうしたらよいのでしょうか。
まずは上記で紹介した裁判例(特に③~⑥)を根拠として、財産目録の不交付が法的義務違反(不法行為)となり得ることを指摘した上で、遺言執行者に対し改めて財産目録の交付を求めるべきです。 これにより、遺言執行者が法的なリスクを認識し、任意に財産目録を交付してくることが期待できます。
それでも遺言執行者が財産目録を作成・交付しない場合、以下の対応が考えられます。
- 家庭裁判所へ遺言執行者の解任を請求する(民法1019条1項)
- 遺言執行者へ損害賠償請求を行う
- 上記の両方を行う
民法1019条(相続財産の目録の作成)
1 遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができる。
※本記事では「遺言執行者は遺産を相続できない相続人に対しても財産目録を交付する義務がある?」について解説いたしました。
しかし、実際の事案では個別具体的な事情により法的判断や取るべき対応が異なることがあります。
そこで、相続問題についてお悩みの方は、本記事の内容だけで判断せず弁護士の法律相談をご利用いただくことをお勧めします。