状況
父の死後、Hさんは長兄の子供から父の公正証書遺言を見せられたのですが、遺言書には「長兄の子供に対し遺産を全て相続させる」との内容が書かれていました。
このような内容の遺言書が存在することに驚いたHさんとHさんの弟は、どのように対応してよいか分からなかったため、当事務所の弁護士に相続問題についてご相談されました。
法律相談の結果、相手方(長兄の子供)に対し少なくとも遺留分の請求をできることが分かったHさんとHさんの弟は、当事務所の弁護士に遺産の調査や遺留分の請求などをご依頼されました。
弁護士の活動
1 遺留分の請求及び遺産の調査
弁護士は、まず相手方に対し、Hさん兄弟の遺留分の請求を行うとともに遺産の開示を求めました。
また、弁護士は、遺産の開示を求めるのと並行して独自に父名義の財産の調査を開始しました。
その後、すぐに相手方に弁護士が就いたのですが、開示されたのは遺産の一覧表のみで、その裏付けとなる財産資料は送られてきませんでした。
これに対し、弁護士が裏付けとなる財産資料の開示を繰り返し求めたところ、少しずつ資料が開示され始め、最終的には父名義の財産の全てと思われる資料が揃いました(少なくとも独自に調査した父名義の財産は、相手方から開示された資料の中に全て含まれている状況となりました。)。
2 相手方との交渉
(1)不動産の評価
まず、相手方は、父名義の不動産(主として土地)の評価額を固定資産評価額と同額とすべきであると主張してきました。
これに対し、弁護士は、固定資産評価額が公示価格の70%程度とされていることを踏まえ、固定資産評価額の約1.42倍(0.7で除した金額)を不動産評価額とすべきとの反論を行いました。
その結果、最終的には不動産の査定結果も参照し、固定資産評価額の約1.3倍を不動産評価額とした上で遺留分の計算を行う旨の合意をすることができました。
(2)各種支出
相手方は、葬儀費用や被相続人の死亡後の不動産の管理費用を含めた600万円超の支出について、これを遺産から控除した残額を基礎として遺留分の計算を行うべきである旨を主張してきました。
この点については、弁護士が遺産から控除すべき理由がない旨の反論をした結果、これらを控除せずに遺留分の計算を行うということで速やかに合意に至りました。
(3)合意の成立
最終的に固定資産評価額の1.3倍を不動産評価額とし、各種支出を控除せずに遺留分の計算を行った結果、Hさん兄弟は、相手方からそれぞれ350万円を獲得することができました。
ポイント
1 遺留分の請求
「遺留分は、兄弟姉妹を除く法定相続人を遺留分権利者として、最低限度の相続分として相続財産の一定割合を保障し、相続人の権利や平等を保障する制度」(東京地判令和3年1月26日(平成29年(ワ)第11465号、令和元年(ワ)第17087号))です。
遺留分制度がない場合、たとえば被相続人が特定の相続人に対し遺産を全て相続させるとの遺言書を作成していたときや被相続人が亡くなる直前に第三者に対し財産の大部分を贈与していたときにはほとんど遺産を取得できない相続人が発生することになりますが、遺留分制度があることで相続人には最低限度の相続分が保障されることになります。
遺留分の請求方法は意思表示によりさえすれば制限はありませんが、実際には事後的に遺留分を請求した事実を証明できるよう、特段の事情がない限り内容証明郵便により遺留分の請求を行うべきです。
2 遺留分として請求できる金額を大きくするには?
(1)遺留分に関する請求の具体的な内容
遺留分に関する請求は、具体的には遺留分侵害額に相当する金額の請求を意味します。
令和元年6月30日までに発生した相続について
令和元年6月30日までに発生した相続については、遺留分減殺請求を行うことが可能です。
遺留分減殺請求は、遺留分侵害額請求権とは異なり物権的な効果を有するところ、請求された側が価額弁償をするか目的物の返還や移転登記などを行うかを決定することが可能となっています。
(2)遺留分侵害額の計算方法
遺留分侵害額は、以下の計算式で算出されます(民法第1046条第2項)。
遺留分侵害額の計算式
遺留分侵害額=「遺留分算定の基礎となる財産」×「個別的遺留分の割合」-「遺留分権利者が受けた遺贈または特別受益である贈与の価額」-「遺留分権利者が取得すべき遺産の価額」+「遺留分権利者が負担する相続債務の額」
上記のうち「遺留分算定の基礎となる財産」は被相続人の遺産を基礎に各種修正を行ったものであるところ、遺産が多く存在すればするほど遺留分侵害額も多くなり、遺留分権利者が請求可能な金額も増えることになります。
そのため、遺留分の請求を行う場合には、その算定基礎となる遺産の価額ができる限り多くなるよう主張立証していくことが重要といえます。
(3)遺産の範囲
遺産の価額を多くするには、まずは被相続人の財産をすべて把握することが重要です。
被相続人の財産をすべて把握する方法として、被相続人の不動産、預貯金、各種保険、有価証券、暗号資産などの調査を行うことが考えられますが、被相続人が遺産目録付きの遺言書を作成していた場合やもともと被相続人の財産状況をすべて把握していた場合には調査までは必要ではないこともあります。
今回のケースでは、Hさん兄弟は被相続人である父の財産状況を全く把握していない状況でした。
そこで、Hさん兄弟は独自に父の遺産調査を行いつつ、父の財産を把握しているであろう相手方に財産資料の開示を行うこととしました。
その結果、Hさん兄弟は財産に漏れがないと確信を持った状態で遺留分の計算や相手方との交渉を行うことができました。
(4)遺産の評価
また、遺産である財産の内容が判明した場合でも、遺産の価額は一義的に決まるものではありません。
とくに不動産には固定資産評価額、相続税路線価、公示地価、基準地価、実勢価格など様々な評価概念が存在します。
遺産の評価に関する双方の主張が対立した場合、最終的には裁判手続の中で鑑定を行う必要があります。
しかし、鑑定には少なくない費用がかかる(たとえば不動産鑑定の場合、鑑定には少なくとも数十万円は必要になります。)ため、できる限り評価額に関する合意を目指した上、評価額に関する合意ができない場合に限り鑑定で評価額を決定するという方針を取るべきです。
今回のケースでは、不動産会社による査定書を参照した上、固定資産評価額の約1.3倍を不動産の評価額とすることで双方ともに納得し合意できたことで、不動産鑑定費用の負担は不要となりました。
3 葬儀費用等の負担
遺産分割を行う場合には葬儀費用を誰が負担すべきかについて法的に争いがあるところですが、これに付随して遺留分の請求に関しても葬儀費用等の負担が一応問題となります。
今回のケースでは、「葬儀費用は喪主である相手方が負担すべきものであり、その他の不動産の管理費用等はそもそも相手方の固有の債務であるため、これらを控除すべきではない。」旨の反論を行ったところ、葬儀費用等については相手方がすべて負担するとの内容で合意を成立させることができました。
※掲載中の解決事例は、当事務所で御依頼をお受けした事例及び当事務所に所属する弁護士が過去に取り扱った事例となります。