
相続放棄に関するQ&A

相続放棄に関するQ&A
相続放棄は受理後でも無効になる?~「受理」の意味と注意点~
Question
父の相続について、相続発生を知って3か月以上たった後に家庭裁判所へ相続放棄の申述を行いました。
その後、相続放棄は無事に受理されたのですが、「受理」された場合でも、後日、相続放棄が無効になることはあるのでしょうか?

Answer
相続放棄は、たとえ家庭裁判所に「受理」されたとしても、後日、無効と判断される可能性があります。
相続放棄は、家庭裁判所に申述が受理されたとしても、事後的に訴訟において有効性を争うことが可能です(最高裁昭和29年12月24日第三小法廷判決・民集8巻12号2310頁)。
また、家庭裁判所は、熟慮期間の経過の有無のような相続放棄の実質的要件を満たさないことが明らかである場合には相続放棄の申述を却下する一方、要件を充足しないことが明らかでない限り相続放棄の申述を受理するため、債権者等が事後的に相続放棄の効力を争う余地は小さくありません。
そこで、相続放棄の実質的要件に疑義がある場合、申述時に相続放棄が有効であることを裏付ける資料を十分に収集した上、無効が争われる場合に備え収集した資料を保管しておくことが重要です。
相続放棄に関する家庭裁判所の審査方法と「受理」の効果について、より詳しくお知りになりたい方は以下をご覧ください。
1 相続放棄の申述の「受理」の効果
家庭裁判所における相続放棄の申述の受理審判は、要式行為である相続放棄のあったことを公証する行為であり、相続放棄が有効であることを確定する裁判ではないとされています。
そのため、相続放棄の申述が家庭裁判所に受理されたとしても、相続放棄が有効であることが確定するわけではなく、事後的に訴訟で相続放棄の有効性を争う余地があります(裁判例①~②参照)。
「家庭裁判所が相続放棄の申述を受理するには、その要件を審査した上で受理すべきものであるということはいうまでもないが、相続の放棄に法律上無効原因の存する場合には後日訴訟においてこれを主張することを妨げない。」
東京高裁昭和27年11月25日判決・高民 5巻12号586頁(①の控訴審)
「家庭裁判所での相続放棄の受理は一応の公証を意味するに止まるもので、その前提要件である相続の放棄が有効か無効かの権利関係を終局的に確定するものではない。相続の放棄が有効か無効かというような、法律を適用して権利義務の存否を確定するということは、民事訴訟による裁判によつてのみ終局的に解決するものと解するのが相当である。故に被控訴人両名のなした上記認定の相続放棄の申述は、名古屋家庭裁判所豊橋支部で受理されているとはいえ、上記認定のように、相続の開始を知つたときから約二ケ年を経過した後になされたものであるから、効力を生じないといわなければならない。」
「家庭裁判所に於てなされる相続放棄の申述の受理は、要式行為である相続放棄のあつたことを公証する行為に過ぎないものであり、相続放棄の有効無効を確定する裁判ではない。従て相続放棄の申述が受理された後でもこれによる放棄の効力を訴訟手続において争うことができるものと解する。」
※相続放棄の取消申述の「受理」の効力については、相続放棄の「受理」と同様に考えられています。
詳しくは相続QA「相続放棄は取り消せる?裁判例を踏まえ弁護士が解説」をご覧ください。
2 家庭裁判所における審理方法と「受理」の基準
相続放棄の申述がなされた場合、家庭裁判所は、次の2つの要件について審理を行います。
【形式的要件】
・申述人が相続人であるか
・申述書が法定の方式を具備しているか
【実質的要件】
・本人の真意に基づいているか
・法定単純承認の有無
・熟慮期間の経過の有無
・詐欺その他の取消原因の有無等
ただし、実質的要件については、これを欠くことが明らかでなければ申述を受理する運用がなされています(裁判例③~⑧参照)。
これは、以下のような理由によるものです。
・相続放棄の申述は受理されたとしてもその有効性を確定させるわけではないこと
・相続放棄の申述が却下されると相続放棄の主張ができなくなること
・相続放棄等の効力は後に訴訟において当事者の主張を尽くし証拠調べによって決せられるのが相当であること
・却下審判に対する救済方法が即時抗告しかないというのは抗告審の審理構造からいって不十分であるといわざるをえないこと
このように、相続放棄の実質的要件を欠くことが明白でない限り相続放棄の申述は家庭裁判所に受理されるという審理方法との関係で、相続放棄は受理されたとしても事後的に無効と判断されることが珍しくはありません。
「ところで、相続放棄の申述を受理するかどうかを判断するに当り、家庭裁判所がいかなる程度、範囲まで審理すべきかは、受理審判の法的性質をいかに考えるかによるものであるが、相続放棄は自己のために開始した不確定な相続の効力を確定的に消滅させることを目的とする意思表示であつて、極めて重要な法律行為であることに鑑み、家庭裁判所をして後見的に関与させ、専ら相続放棄の真意を明確にし、もつて、相続関係の安定を図ろうとするものである。従つて、受理審判に当つては、法定の形式的要件具備の有無のほか、申述人本人の真意を審査の対象とすべきことは当然であるが、法定単純承認の有無、熟慮期間経過の有無、詐欺その他取消原因の有無等のいわゆる実質的要件の存否の判断については、申述書の内容、申述人の審問の結果あるいは家庭裁判所調査官による調査の結果等から、申述の実質的要件を欠いていることが極めて明白である場合に限り、申述を却下するのが相当であると考える。けだし、相続放棄申述受理審判は非訟手続であるから、これによつて相続関係及びこれに関連する権利義務が最終的に確定するものではないうえ、相続放棄の効力は家庭裁判所の受理審判によつて生じ、それがなければ、相続人には相続放棄をする途が閉されてしまうのであるから、これらの点を総合考慮すると、いわゆる実質的要件については、その不存在が極めて明らかな場合に限り審理の対象とすべきものと解するのが相当だからである。」
「家庭裁判所は、相続放棄の申述に対して、申述人が真の相続人であるかどうか、申述書の署名押印等法定の方式が具備されているかどうかの形式的要件のみならず、申述が本人の真意に基づいているかどうか、三か月の熟慮期間内の申述かどうかの実質的要件もこれを審理できると解するのが相当であるが、相続放棄申述の受理が相続放棄の効果を生ずる不可欠の要件であること、右不受理の効果が大きいこととの対比で、同却下審判に対する救済方法が即時抗告しかないというのは抗告審の審理構造からいって不十分であるといわざるをえないことを考えると、熟慮期間の要件の存否について家庭裁判所が実質的に審理すべきであるにしても、一応の審理で足り、その結果同要件の欠缺が明白である場合にのみ同申述を却下すべきであって、それ以外は同申述を受理するのが相当である。このように解しても、被相続人の債権者は後日訴訟手続で相続放棄申述が無効であるとの主張をすることができるから、相続人と利害の対立する右債権者に不測の損害を生じさせることにはならないし、むしろ、対立当事者による訴訟で十分な主張立証を尽くさせた上で相続放棄申述の有効無効を決する方がより当を得たものといいうる。」
「家庭裁判所が相続放棄の申述を不受理とした場合の不服申立ての方法としては、高等裁判所への即時抗告だけが認められているにすぎず、その不受理の効果に比べて、救済方法が必ずしも十分であるとは言えないから、家庭裁判所において、その申述が熟慮期間内のものであるか否かを判断する場合には、その要件の欠缺が明らかであるときに、これを却下すべきであるとしても、その欠缺が明らかと言えないようなときには、その申述を受理すべきものと解するのが相当である。そして、このように解しても、被相続人の債権者は、後日、訴訟手続で相続放棄の効果を争うことができるのであるから、債権者に対して不測の損害を生じさせることにはならない。」
「ところで、相続放棄の申述の受理は、家庭裁判所が後見的立場から行う公証的性質を有する準裁判行為であって、申述を受理したとしても、相続放棄が有効であることを確定するものではない。相続放棄等の効力は、後に訴訟において当事者の主張を尽くし証拠調べによって決せられるのが相当である。したがって、家庭裁判所が相続放棄の申述を受理するに当たって、その要件を厳格に審理し、要件を満たすもののみを受理し、要件を欠くと判断するものを却下するのは相当でない。もっとも、相続放棄の要件がないことが明らかな場合まで申述を受理するのは、かえって紛争を招くことになって妥当でないが、明らかに要件を欠くとは認められない場合には、これを受理するのが相当である。」
「相続放棄の申述がされた場合,相続放棄の要件の有無につき入念な審理をすることは予定されておらず,受理がされても相続放棄が実体要件を備えていることが確定されるものではないのに対し,却下されると相続放棄が民法938条の要件を欠き,相続放棄したことを主張できなくなることにかんがみれば,家庭裁判所は,却下すべきことが明らかな場合以外は,相続放棄の申述を受理すべきであると解される。」
「なお,付言するに,相続放棄の申述は,これが受理されても相続放棄の実体要件が具備されていることを確定させるものではない一方,これを却下した場合は,民法938条の要件を欠き,相続放棄したことがおよそ主張できなくなることに鑑みれば,家庭裁判所は,却下すべきことが明らかな場合を除き,相続放棄の申述を受理するのが相当であって,このような観点からしても,上記結論は妥当性を有するものと考えられる。」
3 無効とされないための方策
以上のとおり、相続放棄の申述が受理されたとしても事後的に相続放棄が無効と判断される可能性があります。
そこで、相続放棄の実質的要件である法定単純承認の有無、熟慮期間の経過の有無、詐欺その他の取消原因の有無等について疑義がある場合には、相続放棄の申述時に相続放棄が有効であることを裏付ける資料を十分に収集した上、債権者などが相続放棄の無効を争ってくる場合に備え収集した資料を保管しておくことが重要です。
なお、債権者から請求を受けたとしても、その債権自体がすでに消滅時効にかかっている可能性もあります。相続放棄の有効性に加えて、時効の成立も含めて検討することが大切です。
※本記事では「相続放棄が受理後に無効となるか?」について解説いたしました。
しかし、実際の事案では個別具体的な事情により法的判断や取るべき対応が異なることがあります。
そこで、相続問題についてお悩みの方は、本記事の内容だけで判断せず弁護士の法律相談をご利用いただくことをお勧めします。